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それは昨年(さくねん)の秋、十月なかば④のことであった。
わたしは古い仏像(ぶつぞう)が見たくなって、上野の帝(てい)室(しつ)博(はく)物(ぶつ)館(かん)の、薄暗くガランと⑤したへやべやを、足音を忍(しの)ばせて歩きまわっていた。部屋が広くて人けがないので、ちょっとした物音がこわいような反響(はんきょう)をおこすので、足音ばかりではなく、せきばらいさえはばかられる⑥ような気持ちだった。
博(はく)物(ぶつ)館(かん)というものが、どうしてこうも不人気であるかと疑われるほど、そこには人の影がなかった。陳(ちん)列(れつ)棚(だな)の大きなガラスが冷たく光り、リノリウムには小さなほこりさえ落ちていなかった。お寺のお堂みたいに天井の高い建(たて)物(もの)は、まるで水の底にでもあるように、森閑(しんかん)と静まり返っていた。
ちょうどわたしが、ある部屋の陳列棚(ちんれつだな)の前に立って、古めかしい木彫(きぼ)りの菩(ぼ)薩(さつ)像(ぞう)の、夢のようなエロチックに見入っていたとき、うしろに、忍ばせた足音と、かすかな絹(きぬ)ずれの音がして、だれかがわたしのほうへ近づいてくるのが感じられた。
わたしはなにかしらゾッと⑦して、前のガラスに映る人の姿を見た。そこには、今の菩(ぼ)薩(さつ)像(ぞう)と影を重ねて、黄(き)八(はち)丈(じょう)のような柄のあわせを着た、品のいいまるまげ姿の女が立っていた。女はやがてわたしの横に肩を並べて立ち止まり、わたしの見ていた同じ仏像にじっと目を注(そそ)ぐのであった。
わたしは、あさましいことだけれど、仏(ぶつ)像(ぞう)を見ているような顔をして、ときどきチラチラと女のほうへ目(め)をやらないではいられなかった⑧。それほどその女はわたしの心をひいたのだ。
彼女は青白(あおじろ)い顔をしていたが、あんなに好もしい青白さを、わたしはかつて見たことがなかった。この世にもし人(にん)魚(ぎょ)というものがあるならば、きっとあの女のような優艶(ゆうえん)な膚を持っているに相(そう)違(い)ない。どちらかといえば昔風(むかしふう)のうりざね顔で、眉も、鼻も、口も、首筋(くびすじ)も、肩も、ことごとく①の線が優に弱弱(よわよわ)しく、なよなよとしていて、よく昔の小(しょう)説(せつ)家(か)が形容したような、さわれば消えていくかと思(おも)われるふぜい②であった。わたしは今でも、あの時の彼女のまつげの長い、夢(ゆめ)みるようなまなざしを忘れることはできない。

那是去年秋天十月中旬的事。
为了看旧佛像,我去了上野的帝室博物馆,在昏暗空荡的房间里蹑手蹑脚地走来走去。房间很大,不见人影,哪怕一点点声响都会引起可怕的回声。我觉得不光脚步声,就连咳嗽都须顾忌才是。
博物馆里全无人影,不知是何原因被人冷落到如此地步。陈列橱的大块玻璃闪着冷光,漆布地板上一点灰尘也没有。天花板如寺院大殿一般高的这座建筑物,简直就像水底一样死静死静。
正当我站在一个房间的陈列橱前痴痴凝视一座古色古香的木雕菩萨那梦幻般的性感形象时,身后响起轻轻的脚步声和微微的丝绸摩擦声——我感觉有人朝我走近。
我不无怵然地看着前面玻璃中映出的人影:一个身穿花纹夹袄、梳着圆形发髻、气质高雅的女子同我面前橱窗里的菩萨雕像重叠着站在那里。俄顷,女子在我旁边并肩站定,注视我所看的那座佛像。
说来不好意思,我在注视佛像的同时还不时瞥一眼身旁的女子。她是那样令我心动。
她脸色青白。但那般恰到好处的青白我还从未见过。倘若世上真的有美人鱼存在,一定有着她这样美艳艳的肌肤。总的来说,她长着一张古典式的瓜子脸,眉毛、鼻子、嘴、脖颈、肩,所有线条都那般优美纤柔,轻盈袅娜,给人的感觉就好像古代小说家经常形容的那样“一触即失”。至今我仍不能忘记当时她那长睫毛下如梦如幻的眼神。
④ なかば:[半ば]半,一半,中间,中央,当中;(副)大致,大体,差不多,几乎,基本上。
⑤ ガランと:がらんと(副)空旷,空空荡荡,空空如也;(声音大)咣啷,哐当。
⑥ はばかられる:はばかる「憚る」忌惮,顾忌,顾虑,介意;传播,吃香。
⑦ ゾッと:(副?自变サ)心惊,怵然,毛骨悚然,不寒而栗。
⑧ ではいられなかった:ない+でいられない或ずにはいられない,不由得,禁不住,情不自禁,不由自主。
① ことごとく:「悉?尽く」皆、尽、悉,全部,一律,统统。
② ふぜい:[風情]样子,情形;风情,情趣,情调,意味,韵味。